同僚が退職代行で辞めたと聞いた日、残る側に見えるもの

同じ職場の人が、退職代行を通して辞めると聞く。
そんな場面を想像すると、最初に出てくる気持ちは一つではありません。驚くかもしれませんし、少し前の様子を思い出すかもしれません。

本人がいない場所で、仕事は続きます。
残る人に見える景色から退職代行を考えると、辞め方だけでは説明できないことも見えてきます。

空いた席を、いつもより見てしまいます

毎日そこにいた人の席が空いている。
休みの日にもある風景ですが、もう来ないかもしれないと知ると、同じ机が少し違って見えます。

退職代行から会社へ連絡が入ったと聞いたら、昨日までの様子を振り返ることがあります。
普通に話していた。忙しそうではあった。何か気になったけれど、聞かなかった。小さな記憶を探します。

ただ、思い出した場面が、その人の気持ちを全部説明するとは限りません。
同じ部署にいても、一日のすべてを見ていたわけではないからです。自分が帰った後の会話も、家に戻った後の疲れもわかりません。

空いた席から考え始めた話は、見えていたものと、見えていなかったものの両方へつながります。
近くにいたことと、事情を知っていたことは、必ずしも重なりません。

驚くのは、それまでの話を知らなかったからかもしれません

急に辞めたと感じるとき、本人も急に決めたように思えます。
でも、知らせを受け取る側の「急」と、本人が考えていた時間の長さは別です。

誰にも言わずに、しばらく迷っていたのかもしれません。
上司に相談していたけれど、同僚には伝わっていなかったのかもしれません。退職代行を調べる前に、別の方法を試していた可能性もあります。

どれが実際にあったのかは、知らないままです。
その空白を、辞めた人に都合のよい物語で埋める必要も、悪い物語で埋める必要もありません。

まず自分は詳しい事情を知らないのだと置いておく。
それだけで、職場の会話が少し落ち着くこともありそうです。理由がわからないことと、理由がないことは違います。

残った仕事に困る気持ちもあります

退職代行の連絡を聞いて、次に考えるのは仕事の段取りかもしれません。
誰が今日の作業をするのか。明日の予定はどうなるのか。担当者しか知らない情報はどこにあるのか。

残る人に負担が出る場面はあります。
困るという感情まで、理解がないものとして片づけなくてもよいと思います。今日の仕事をどう進めるかは、現実にある話です。

ただ、困っていることの全部を、その人の辞め方だけで説明できるとは限りません。
もともと人数に余裕がなかったのか。手順を共有する時間がなかったのか。仕事の割り振りを見直せる人がいないのか。

退職代行を使った人への気持ちと、職場の作業をどう立て直すかという話を、一緒にすると話が詰まりやすくなります。
感想のやり取りが続いても、今日必要な資料の場所は見つからないからです。

引き継ぎの資料は、人がいるときにも役に立ちます

誰かが辞めるときになって、手順書がほしいと思うことがあります。
普段は本人に聞けば済むので、文章にしていない作業が残っているのです。

退職代行という知らせをきっかけに、その状態がはっきりするかもしれません。
けれど、急な病気や長い休暇でも、同じように困る場面は考えられます。一人だけが知っていることは、その人が席を外すたびに止まります。

引き継ぎは、辞める人だけが最後に作るものだと思うと、準備が終わりの日へ集まります。
日常の中に、手順を確かめたり、別の人が一度やってみたりする時間があれば、辞め方にかかわらず残る資料が増えます。

これは、退職代行を使う人なら何もしなくてよいという話ではありません。
仕事を共有する仕組みを、最後の一人の努力だけに預けないという話です。別れの場面から、普段の仕事の形が見えてきます。

あの人は平気そうだった、と後から思います

昼休みに笑っていた。頼まれた仕事に、はいと返事をしていた。
その記憶から、辞めるほど困っていたとは思わなかったという感想が出ることがあります。

でも、職場で見せている様子が、その人の暮らしの全体とは限りません。
気持ちが重くても、目の前の会話では笑うことがあります。心配されたくなくて、いつもと同じように返事をすることもあります。

退職代行で辞めたと聞いてから、過去の表情をすべて兆候として読み直すのも難しいです。
あの日の笑顔は、あの日の笑顔だったのかもしれません。疲れていた時間と、楽しく話した時間が、同じ人の中にあっても不思議ではありません。

見逃したことがあったかもしれないと考える余地はあります。
ただ、同僚一人が、その人の気持ちを全部把握できたはずだと考えると、別の負担まで抱えてしまいます。

連絡したい気持ちにも、いくつかの中身があります

退職代行で辞めると聞いて、本人に連絡したくなることがあります。
大丈夫かと気にかけているのか。理由を知りたいのか。引き継ぎのことを聞きたいのか。送りたい一通の中に、違う用件が混ざります。

その混ざり方に気づくだけでも、文章は変わりそうです。
相手のためだと思って書いていたのに、自分が驚いた気持ちを受け止めてほしい文章になっていることもあります。

会社の実務上の確認なら、どの窓口で扱うのかを職場で確かめる話になります。
個人的な連絡であっても、相手が返せる状態かはわかりません。返事がないことを、関係の評価へすぐ結びつけないでおきたいです。

長く一緒に働いた人ほど、一言くらい話してほしかったと思うことがあります。
その寂しさは残ります。それでも、相手に今すぐその寂しさの説明を求めなくてもよいのだと思います。

辞め方で、それまでの仕事まで変わるわけではありません

退職代行という最後の知らせが印象に残ると、その人の話が辞め方だけに縮まることがあります。
あの人は代行で辞めた人だ、と。その前に一緒に進めた仕事や助けてもらった場面が、会話から抜けていきます。

最後の出来事は、記憶の中で大きくなりやすいです。
それでも、それまでの時間が消えたわけではありません。忙しい日に頼れたことも、失敗を一緒に片づけたことも、実際にあった時間です。

辞め方に戸惑いがあっても、仕事をしていた頃の記憶は別に残しておけます。
最後まで好きでいることも、全部を嫌いになることも求めなくてよいと思います。

人と働いた記憶は、評価の欄へ一つの言葉を書き込むようには整理できません。
それが少し面倒で、同時に、人間関係らしいところでもあります。

職場で交わす言葉は、その後も残ります

本人がいないと、推測だけで話が進むことがあります。
きっとこうだったのだろうという一言が、次の人には事実のように届いてしまいます。

退職代行を使った理由がわからないなら、わからないままの話です。
誰かから聞いたことと、自分が見たことも違います。仕事の調整に必要な情報と、私生活についての想像も区別できます。

残る人のために話しているつもりでも、職場の空気を作る言葉は、その場にいる別の人にも届きます。
自分がいつか辞めるときも、こう言われるのだろうか。そう受け取る人がいるかもしれません。

退職代行の知らせをどう扱うかには、これからも働く人が、退職の話をどのくらいしやすいかという面もあります。
一人が去った後の会話は、そこで終わるものではないのです。

残る人にも、相談したいことがあります

誰かが離れた後、仕事が増えて、自分もつらくなることがあります。
辞めた人を理解しようとすることと、その負担を全部引き受けることは別です。

勤務の調整や担当の変更を、職場で話す場面はあります。
もし労働上の問題について相談したいなら、厚生労働省の総合労働相談コーナーという公的な窓口もあります。

退職代行の話では、辞める本人に目が向きます。
でも、残った人の暮らしも続いています。その人にも、帰る時間や休む時間があります。一方の事情を想像することが、もう一方の事情を消す理由にはなりません。

まとめ

同僚が退職代行で辞めると聞いた日には、驚きも、仕事への心配も、個人的な寂しさもありそうです。
そのすべてを、すぐに一つの感想へまとめなくてもよいと思います。

本人の事情には、知らない部分があります。
残る人の困り事には、今から具体的に話せる部分があります。その両方を持ちながら、翌日の仕事を考えることもできます。

コメント